カトリック那覇教区のホームページへめんそうれ!

 

2020年8月1日

カトリック那覇教区司祭・助祭・修道者・信徒ご一同様

緊急通知【重要】      

カ ト リ ッ ク 那 覇 教 区 司 教 ウェイン・バーント 

新型コロナ感染拡大(第二波)ついて

✞ ちむがなさ コロナ禍にあっても信仰の歩みをともにして下さる兄弟姉妹の皆さん、皆さんの祈りは必ず届いています。いまは結果に気づくことが出来ませんが、後に必ず判明します。さて、第二波とみられる感染が急速に拡大しており、沖縄県も再び独自の緊急事態宣言を発出しました。そこで、教区としてもこの呼びかけに応え、以下の通り予定の変更をしましたので、お知らせいたします。

記1) 8月8日と10日に予定していたサマーキャンプの縮小版は中止とします。

 2) 8月17日~20日に予定していた「特別司祭集会」は延期いたします。感染の状況を見ながら、新たな計画を考えます。

 3) 8月29日(土)に予定していた「教区信徒評議会」も延期します。これも感染状況を見ながら、新たな期日を模索します。

以上  

これまでの感染防止対策へのご尽力、ご協力にあらためて深く感謝いたします。今回の感染拡大の勢いは、前回をはるかに上回るものと感じます。それゆえ、今一度ガイドライン沿って各小教区での予防策を見直し、脆弱な点はあらためるようお願いします。なお、今のところ、これまで同様に公開ミサは引き続き実施致します。同時にミサに預かる義務の免除も継続中ですので、決して無理をせず、少しでも不安がある場合は、周囲の人のためにも参加を控えるようにお願いします。今後の状況次第では、再び公開ミサ休止の可能性もあり得ますが、その際はあらためてご連絡いたします。また、誰もが感染する可能性があり、100%の安全はないことに留意し、感染された人やその接触者への配慮に欠くことがないように互いに注意しましょう。そのためにも祈りを忘れず、特に「病人の回復なる聖マリア」の取り次ぎを切に求めましょう。



「キリストとぅ うまじゅん 平和ぬ道 あっちゃびら」(キリストと共なる平和の道を歩みましょう)


2020年6月23日 慰霊の日に寄せて ウェイン司教のメッセージ


那覇教区兄弟姉妹の皆さん、
 今年の6月23日は、終戦75周年の節目にあたり、沖縄戦の犠牲者を追悼し平和を祈念する特別な慰霊の日です。例年行っている平和巡礼、小禄教会でのミサ、魂魄の塔での祈りの集会は、コロナウイルス感染拡大予防のために、休止となりましたが、それに代えて各小教区で同時刻に追悼ミサを捧げ、平和を祈念します。
 教皇フランシスコは「戦争に訴えれば、それは即敗北です。戦争に打ち勝つ唯一の方法は、決して戦争しないことです」とアウシュビッツでのインタビューに応えました。沖縄の皆さんは教皇様のこの言葉の意味を誰よりも深く理解していると思います。なぜなら『非核・平和沖縄県宣言』によると、
 「戦争は 無差別に破壊し尽くす
  すべての生命を
  生活を
  文化を
  歴史を
  自然を
  太平洋戦争最後の地上戦があった
  この地 沖縄
  町や村が焼かれ
  二十万余が命を奪われた
  祖先が築き上げた文化遺産は失われ
  地形をも変えた
  その傷あとは 今なお癒えない」と訴えているからです。
 聖ヨハネパウロ二世が「過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです」と言われたように、沖縄戦の実相を見据えることは戦争犠牲者に対する大きな責任だけではなく、将来を担う子孫に対する責任でもあるのです。
 沖縄戦を凝視すると、今も続く世界的・根本的な尊厳の課題が見いだされます。それは強大な力を持つ者が、小さく弱い立場の者を利用するために自己決定権を奪い、利用するという事実です。その最たる姿は、あらゆる極限状態の中でその醜い姿を現します。
 歴史上、最も凄惨な戦闘と言われる沖縄戦では、日米両軍が我が物顔でこの小さな島のありとあらゆるものに対し蹂躙の限りを尽くしました。この沖縄を「捨石」とした扱いは75年を経てもなお、その自己決定権が無視されるという事実をもって脈々と続けられているのです。小さき者の側に立って、その声を聴き、その選択を尊重しない限り、真の平和は実現でません。沖縄に限らず世界のどこでも小さき島の声を無視して争いが起きています。フォークランド、ジブラルタル、香港、南沙諸島、ハワイ諸島、南洋諸島、ビキニ環礁等々、そこに住む人のみならず、そこに存在するあらゆるものの尊厳が尊重されない限り、真の世界平和と安定が実現できないことは、時代や場所を問わず明らかなのです。
 真の世界平和の実現のためには、まず小さな島々を勝手に自分のものとすることや捨石として利用することを止め、その自己決定権を尊重することによって、世界平和の礎石(いしじ)として大切に扱わなければいけないのです。
 そのことをキング牧師はみごとに表現しました。「真の平和とは、単に緊張がないだけではなく、そこに正義が存在することである。」と。
 私たちの沖縄はその小ささのゆえに、いにしえより近隣諸国との平和的交易に取組んできましたが、特に凄惨な沖縄戦の体験を経て、小さな島の真の平和こそが世界平和につながっていることをより強く確信し、訴え続けています。
 「戦争 その悲惨な体験をいしずえとして
  私たちは
  世界の人々へ訴える
  一切の核兵器と
  あらゆる戦争をなくし
  武器にかえて対話を
  そして 愛と信頼で
  地球を 平和に満ちたみどりの星にしよう
  私たち沖縄県民は
  『イチャリバチョーデー』を合言葉に
  万国津梁の地の建設を希求し
  世界の恒久平和を願い
  声高らかに 非核・平和沖縄県を宣言する」
 那覇教区の皆さん、わたしたちは戦後の全滅状態から立ち上がり、数々の苦難を乗り越え、沖縄の文化、言葉、習慣などをあらわす精神を守りながら、戦後75年の道のりを忠実に歩んできました。いまだ多くの取り組むべき課題が残っていますが、不屈の精神で将来に向かって歩み続けるなら、遠くないうちに、正義回復の戦いの終結、不正からの解放を迎えることができ、わが子孫は真の安全と平和な沖縄社会で、幸せな日々を過ごすことができるようになります。
 今年私たちは同じ場所で集うことはできないですが、同じ時刻に一つの心をもってすべての戦争の犠牲者のために祈ることはできます。これからも、この同じ一つの心で沖縄の平和が全世界の平和の礎石(いしじ)となることを祈り求め、「うまんちゅぬ ぬちまむゆるたみに キリストとぅ うまじゅん 平和ぬ道 あっちゃびら」 (すべてのいのちを守るため、キリストと共なる平和の道を歩みましょう)。


2020年6月23日 沖縄慰霊の日 平和祈願ミサにて、日本カトリック司教団平和メッセージ

戦後75年 日本カトリック司教団平和メッセージ
すべてのいのちを守るため
──平和は希望の道のり──

日本の教会の兄弟姉妹とすべての善意ある人々へ

日本のカトリック司教団は、戦後50年に『平和への決意』 、60年に『非暴力による平和への道──今こそ預言者としての役割を』 、そして70年に『平和を実現する人は幸い──今こそ武器によらない平和を』 と、その時々の国内外の情勢に鑑みながら平和メッセージを発表しました。
2019年の教皇フランシスコ訪日から明けた今年は、太平洋戦争での沖縄戦、広島・長崎の被爆、戦争の終結、そして国際連合創設75周年です。世界は今、新冷戦、東アジアの不安定な情勢、核の脅威、地球環境の危機などが予断をゆるさない状況にあります。
本日、わたしたち司教団は、沖縄慰霊の日の平和巡礼への参加を予定していましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止せざるをえませんでした。しかし、心は常に沖縄の人々とともにありたいと願っています。沖縄に建つ戦争犠牲者に対する慰霊と不戦の誓いの原点である魂魄の塔に想いを馳せ、平和についてのわたしたちの考えを述べ、これからの行動指針としたいと思います。

1.魂魄の塔に思いを馳せる
終戦の年、沖縄は本土決戦を一日でも遅らせるための「捨石」とされ、住民を巻き込んだ悲惨な地上戦が繰り広げられました。歴史上、最も凄惨な戦闘と言われるこの沖縄戦では、日米両軍が我が物顔でこの小さな島のありとあらゆるものに対し、蹂躙の限りを尽くしました。鉄の暴風ともよばれる激烈な戦闘の後には、戦争犠牲者の遺骨が累々と野ざらしにされていました。この遺骨を住民たちが自らの手によって集め、慰霊碑を建て、祈りの場としました。
この「魂魄の塔」は、数ある慰霊碑の中でも特別な意味を持っています。元々は住民自らの手によってなされた遺骨収集による骨塚でした。それが、やがて沖縄の人々の戦争犠牲者に対する慰霊の原点と見なされるようになり、さらに、名もないごく普通の人々の反戦平和への希求の原点、不戦の誓いの原点ともなっているのです。
沖縄県平和祈念資料館の出口に、「むすびのことば」として次のように刻まれています。
(略)戦争をおこすのは たしかに 人間です しかし それ以上に 戦争を許さない努力のできるのも 私たち 人間 ではないでしょうか (略) これが あまりにも大きな代償を払って得た ゆずることのできない 私たちの信条なのです
戦争、基地、軍備増強に反対する沖縄の人々の切実な叫びは、「戦争というものは これほど残忍で これほど恥辱にまみれたものはないと思う」 に至った沖縄戦の体験からきているのです。しかし、こうした沖縄県民の信条の訴えにもかかわらず、この沖縄を「捨石」とした扱いは75年を経てもなお、その自己決定権を無視するという事実をもって脈々と続けられています。
あらゆる戦争を憎み、命を大切にしようとする沖縄県民の訴えに応え、今日、「魂魄の塔」に思いを馳せて、すべての戦争犠牲者のために祈りを捧げつつ、平和希求への決意を新たにし、行動を起こしましょう。

人のいのちは何ものにも替えがたいとする沖縄の「ヌチドゥ宝」の心と、「すべてのいのちを守るため」という教皇フランシスコ訪日のテーマは重なっています。「いのちと美に満ちているこの世界は、何よりも、わたしたちに先立って存在される創造主からの、すばらしい贈り物」 です。「『わたしたちが、自分たち自身のいのちを真に気遣い、自然とのかかわりをも真に気遣うことは、友愛、正義、他者への誠実と不可分の関係にある』(回勅『ラウダート・シ』70)のです」 。それゆえ、戦争だけは、どんな理由があっても絶対に起こしてはなりません。わたしたちキリスト者は、こうした沖縄の人々の叫びと教皇フランシスコの言葉に共鳴し、戦争放棄と恒久平和を訴えます。「すべての人との平和」 こそ、神の望みだからです。

2.カトリック教会の非暴力による平和への立場
聖ヨハネ・パウロ二世教皇は39年前(1981年2月)広島で、次のような力強いメッセージを述べました。
「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。……過去をふり返ることは、将来に対する責任を負うことです。……人類同胞に向かって軍備縮小と、すべての核兵器の破棄とを約束しようではありませんか。」
このアピールに応えて、日本の司教団は、翌年、平和について考え、平和のために祈り行動するため「平和旬間」(8月6日~15日)を設け、平和や人権の問題について積極的に発言し始めました。

日本司教団の発言は、2017年「世界平和の日」の教皇メッセージと重なります。教皇は、「積極的非暴力」の立場を表明して、「非暴力がわたしたちの決断、わたしたちの人間関係、わたしたちの活動、そしてあらゆる種類の政治の特徴となりますように」と述べています。
またこの立場は、同年8月に教皇が『カトリック教会のカテキズム』の死刑に関する記述を変更し、「死刑は許容できません。それは人格の不可侵性と尊厳への攻撃だからです」(2267)と、死刑廃止の立場を明確にしたことにもつながります。

さらに同年9月20日、バチカンは、核兵器禁止条約に他の2カ国と共に最初に署名・批准し、11月には「核兵器のない世界と総合的軍縮への展望」国際会議を主催しました。その場で教皇は次のように述べました。「核兵器の使用と威嚇のみならず、その保有そのものも断固として非難されなければなりません。この点で極めて重要なのは、広島と長崎の被爆者、ならびに核実験の被害者の証言です。彼らの預言的な声が、次世代への警告として役立つよう願っています。」「核抑止論」については、聖ヨハネ23世教皇がすでに回勅『地上の平和』(1963年)の中で次のように述べています。「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります。わたしは、これが到達可能な目標であることを主張します」(60)。

3.教皇訪日平和メッセージ
昨年11月、教皇フランシスコは、平和の巡礼者として「激しい暴力の犠牲となった罪のない人々を思い出し、現代社会の人々の願いと望みを胸にしつつ、じっと祈るため」 、長崎と広島を訪れました。教皇は、誰よりも平和を希求する高齢化した被爆者たち、「平和のために自らを犠牲にする若者たちの願いと望み」、「いつの時代も、憎しみと対立の無防備な犠牲者」である「貧しい人たちの叫び」、「声を発しても耳を貸してもらえない人々の声」、「現代社会が直面する増大した緊張状態を、不安と苦悩を抱えて見つめる人々の声」 、小さくともつねに軍備拡張競争に反対する声 といった、さまざまな声を代弁して世界に訴えました。教皇は誰をもはばからず、平和という究極のモラルに向き合い、特に軍備と核兵器について踏み込んだ強いメッセージを述べました。「軍備拡張競争は、……貴重な資源の無駄遣いです。……武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、いっそう破壊的になっています。これらは途方もないテロ行為です」 。「戦争のために原子力を使用することは、……犯罪以外の何ものでもありません。人類とその尊厳に反するだけでなく、わたしたちの共通の家の未来におけるあらゆる可能性に反します。原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。……核兵器の所有も倫理に反します」 。

そして、教皇はすべての人々に呼びかけます。「核兵器から解放された平和な世界。……この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です。個々人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。核兵器の脅威に対しては、一致団結して具体性をもって応じなくてはなりません。」カトリック教会にとって、「人々の間と国家間の平和の実現」に向けて努力することは、「神に対し、そしてこの地上のあらゆる人に対する責務なのです。」教会は、「核兵器禁止条約を含め、核軍縮と核不拡散に関する主要な国際的な法的原則に則り、飽くことなく、迅速に行動し、訴えていくことでしょう」 。
 
教皇のこの発言に呼応して、日本カトリック司教協議会は、昨年12月、会長名の文書で、首相宛てに「核兵器禁止条約への署名・批准を求める要請」を行いました。米国カトリック司教協議会国際正義と平和委員会も教皇フランシスコの広島・長崎での発言を支持し、「米国は非核化・軍縮の先頭に立つべきである」と政府に働きかけていくとの声明を発表しました 。またカナダ とドイツの司教団 は、すでに昨年、バチカンの核兵器廃絶方針を支持する声明を出していましたが、最近の教皇の姿勢に促されて、核抑止政策に甘んじてきた態度を改めると表明しています。

4.平和は希望の道のり
今年は、朝鮮戦争開戦70周年でもあります。同じ民族が戦うという悲劇も、35年に及んだ日本による朝鮮統治政策と無関係ではありません。朝鮮戦争は今なお禍根を残し、日本を含む東アジアは冷戦体制を引きずり、大国の利害の狭間で戦争の火種を抱えており、平和への進展が不透明のままです。東アジアの平和構築にいかに貢献していくかは、わたしたち日本の教会が教皇フランシスコの言葉に従うことができるか否かを明らかにする試金石だといえましょう。そのためにもわたしたちはこうした過去としっかりと向き合い、将来に対する責任を担い続ける決意を新たにするものです。

教皇は今年の「世界平和の日」メッセージで、平和への歩みは「障害や試練に直面する中で歩む希望の道のり」、つまり、「真理と正義を求め、犠牲者の記憶を尊重し、報復よりもはるかに強い共通の希望に向けて一歩ずつ切り開いていくという、忍耐力を要する作業」と述べました。そして、「たとえ克服できそうもない障害に直面しても、わたしたちを踏み出させ、前に進む翼を与えてくれる」希望の徳をもって、「神という共通の源に根差した、対話と相互信頼のうちに実践される真の兄弟愛を追い求めなければなりません。平和への願いは、人間の心に深く刻まれています」と、平和を実現するために、希望の翼を広げるよう促しました。パウロが、「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい」(コロサイ3・15)と勧めているとおりです。

激戦地、安里に建つ教会に集う方々、および各地の共同体と心をひとつにして、神に願い求めます。教皇フランシスコの日本訪問によってわたしたちがいただいた平和への意志と希望に、イエス・キリストの復活のいのちと聖霊の息吹が豊かに注がれますように。

2020年6月23日
日本カトリック司教団

2020年6月12日

6・23沖縄慰霊の日について
カトリック那覇司教区 
ウェイン・バーント司教
 ☧主の平和
 平和の源である聖三位の交わりが皆様と共にありますように。
さて、2020年のあらゆる計画が新型感染症のパンデミックによって休止、延期、縮小などの変更を余儀なくされる中、太平洋戦争終戦75年を迎えての沖縄慰霊の日の平和祈念行事も例年のようには執り行えなくなりました。特に今年は、教皇フランシスコの「すべてのいのちを守るため」の呼びかけに応えて、日本司教団は過去の大戦を振り返り、将来に向けた平和希求のメッセージを6月23日沖縄慰霊の日に、「魂魄の塔」にて発表する予定でしたがそれも叶わなくなりました。
 ところがどこからともなく吹く風のように働く聖霊の導きによって、これまで思い浮かばなかった分散開催やビデオメッセージなどのアイディアを駆使して、より多くの遺族の参列とより多くの人に届くビデオによるメッセージ発表という思いがけない効果が期待できるかたちを整えることが出来ました。これは、従来の場所や形式に捉われず思いを馳せ、心を一つにすることによって、霊的に一致して祈るという伝統的でありながら、いまの世界状況にマッチした新たな手法で、最近、教皇様も多用している祈り方です。
 そこで、この新たな方法であれば6・23沖縄慰霊の日の平和祈念・追悼行事を全国でも共有できると思い、下記の通り謹んでご案内申し上げることにしました。
日本司教団の思いと私たちからの提案にご賛同いただき、沖縄の皆さんと共に太平洋戦争のすべての犠牲者2000万余の追悼と平和祈念ミサや正午の黙祷に心をあわせてご参加いただければ幸いに存じます。


1. 沖縄慰霊の日 平和祈念・全戦争犠牲者追悼ミサ 午前11時 開式
2. 沖縄慰霊の日 沖縄県民と心ひとつに全戦争犠牲者のための1分間黙祷 正午
3. 戦後75年 日本カトリック司教団平和メッセージ「すべてのいのちを守るため」発表
                                 以上
※ 直接的な参加はご遠慮いただきますが、形式や場所に捉われずに自由な方法で、多くの方に
ご参加いただきたく、別紙の通りチラシを準備しました。広報に役立てて頂ければ幸いです。

2020年 6・23慰霊の日のお知らせ
カトリック那覇教区長    
カトリック那覇教区平和委員長
司教 ウェイン・バーント
主の平和
例年行っている平和巡礼、小禄教会でのミサ、魂魄の塔での祈りの集会は、今年は休止しますが、それに代えて教区内追悼行事として下記の通り計画しましたので、ご理解とご協力をお願いします。

1. 場 所:主会場を安里教会聖堂とし、各小教区聖堂にて開催
2. 日 時:2020年6月23日 午前11時より同時開式
3. 意 向:終戦75周年にあたり全ての戦争犠牲者の追悼および
平和希求ミサを心ひとつに捧げる。
4. 司 式:主会場はウェイン司教、各会場は主任司祭
5. 参加者:・主会場は各小教区代表若干名と安里教会信徒
      ・各小教区ではその所属信徒や修道者
6. 黙 祷:全県民の黙祷に合わせて12時に黙祷を捧げる。
7. 日本司教団平和メッセージ発表(高見大司教様によるビデオメッセージ)
8. 太平洋戦争の犠牲となった方々の名前や出身地等を事前に各小教区に提出し、その冥福を共に祈る。
9. 注 意:感染症対策として教区外からの参加をご遠慮いただき、これまで各小教区で取り組んできた感染拡大防止策を駆使し、三密を避け、安心安全な追悼行事とする。
              以上

2020年5月14日
那覇司教区内
 司祭と信徒の皆様
主日の公開ミサ再開について
教区長 ウェイン・バーント司教
 ✞ちむがなさ
親愛なる兄弟姉妹の皆さん、先週お知らせした通り5月の拡大司祭・助祭会議での討議を経て、国や沖縄県の判断と歩調を合わせながら、私たち那覇教区も5月24日主の昇天の主日から主日も公開ミサを再開することとしました。再開と言っても、休止以前と同様なかたちでミサを行うことは現時点ではできません。すでに平日のミサや非公開での主日ミサで実施してきたこれまでの感染防止対策を継続強化しつつ、「主日のミサに与る義務の免除」を継続しながら、別紙の『公開ミサ再開のためのガイドライン』に基づく各小教区の感染予防措置を講じたうえで段階的に再開してくださるようお願いします。そして、5月31日の聖霊降臨祭には、復活徹夜祭で延期された成人の入信式を行うこともできます。受洗者と共に50日間も待ち望んだ入信の秘跡を受ける喜びを霊的に分かち合いましょう。
そのためには、入念な準備と信徒の協力が必要です。『ガイドライン』の理解を共有し、主任司祭と共に感染拡大防止策を定め、その効果的な実施にご協力下さい。
特に、聖堂内のソーシャルディスタンシングを保つための適切な参加人数の制限に関しては難しさが予想されますが、それぞれの小教区にあった仕方を模索してください。その際には、誰をも拒まない神の愛の表現を阻害しないよう注意し、「ミサへの参列を拒絶された」という印象を誰にも決して与えないようにご注意ください。
どのような状況にあっても主の道を探し求めるよう命じたイエス様ご自身が傍にいることを信じて共に歩んでゆきましょう。


※新型コロナウィルスについて※

那覇教区より新型コロナウィルスに対するガイドラインをお知らせします。
ガイドラインはこちらをご覧下さい。


お告げの祈り

主のみ使いのお告げを受けて、
マリアは聖霊によって神の御子を宿された。

〔アヴェ・マリアの祈り〕
アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、
主はあなたとともにおられます。
あなたは女のうちで祝福され、
ご胎内の御子イエスも祝福されています。
神の母聖マリア、
わたしたち罪びとのために、
今も、死を迎える時も、お祈りください。
アーメン。

わたしは主のはしため、
おことばどおりになりますように。
(引き続き、上記の〔アヴェ・マリアの祈り〕を唱えます。)

みことばは人となり、
わたしたちのうちに住まわれた。
(ここでも〔アヴェ・マリアの祈り〕を唱えます。)

神の母聖マリア、わたしたちのために祈ってください。
キリストの約束にかなうものとなりますように。

祈願
神よ、み使いのお告げによって、御子が人となられたことを
知ったわたしたちが、キリストの受難と十字架をとおして、
復活の栄光に達することができるよう、恵みを注いでください。
わたしたちの主イエス・キリストによって。 アーメン。

お知らせ

2020年01月01日
Happy new year!
2020年01月01日
教区報1月号
2019年07月10日
平成30年度 カトリック福祉会決算書を公開しました。
2019年04月28日
教会案内を更新しました。
2017年11月01日
ニュースを更新しました。
» 続きを読む